日経 国際 09/10取得 元記事
10億人を超える人口や広大な国土から、しばしば「巨象」と形容されるインド。日本では動物園でしかお目にかかれないが、現地の人々にとって、ゾウはもっと身近な動物だ。ゾウの頭を持つヒンズー教の神「ガネーシャ」が崇拝を集めるのは言うに及ばず、結婚披露宴などの個人パーティーにゾウがやってくる出張サービスもある。
昨年末、首都ニューデリーに暮らすフランス人、フェリペ・マルチネさんは新任の同僚の歓迎パーティーを自宅で開いた。300人を超える出席者を出迎えたのは、おめでたい色とされるピンクの化粧を体に施したゾウだった。
「『幸福』を象徴する動物として、インドで慕われるゾウがパーティーにふさわしいと思ったんだ」とマルチネさん。仲間の評判は上々だったようで「みんなから感謝の言葉をもらった」とうれしそうに語る。
ゾウの出張はイベントサービス会社に依頼する。ニューデリーでの料金は込み具合などに応じて3000―1万ルピー(8100―2万7000円)程度。結婚式が集中する1―2月は希望者が多いため相場は高めになるという。急速な経済発展で車があふれる市街地の幹線道路を、ゾウはのしのし歩いて会場に向かう。
結婚式場に向かう行列の先頭をゾウが進むと、近所の子供たちは大はしゃぎ。自然と人々が集い、祝福ムードを盛り上げる。花婿は式場まで白馬に乗って行くのが習わし。人々の熱気とド派手なマーチングバンドの音楽に包まれながら、馬上から晴れやかな表情で手を振る。そんな行列の脇を「ブー・ブー」と容赦ないクラクションを鳴らしながら、古ぼけた、ゾウより小さな車が行き交うのも、いかにもインドらしい光景だ。
ムハンマド・アクラムさんは5頭のゾウのオーナー。家業として幼いころからゾウの飼育に携わってきた。誕生日パーティーや宗教行事などでも出張依頼が舞い込む。「みんながゾウに触って、はしゃぐ姿を見るのが楽しみ」と話す。
アクラムさんによると首都周辺だけでゾウのオーナーは15―20人。計30頭あまりを飼っている。エサを与えたり、大きな体を洗ったりするのは骨の折れる作業のようだが「難しいことなんてないよ」と涼しい顔でこたえてくれた。(ニューデリー=小谷洋司)